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ラルナカ

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ラルナカ ー  聖ラザロスの町


ヨロッパスクエア
 ビーチ沿いの椰子の街路樹、地元では「フィニクデス」と呼ばれている並木道派ラルナカのトレードマーク。道沿いにはカフェやタベルナが並び、夏になると大勢の人々で賑わいます。並木道を西の端まで歩くとその先には、現在はラルナカ中世博物館となっている17世紀の要塞跡があります。

 ラルナカはニコシアやリマソール、アモフォストス地域にも近いので、ここをベースにしてキプロス各地を訪れるのも良いでしょう。

アリキ湖
 メインの国際空港のある町ラルナカは、キプロスの玄関口といえます。まず初めに私たちが目にするのは美しいソルトレイク(塩湖)です。冬の間はピンクフラミンゴなど渡り鳥の越冬地となります。穏やかな湖畔に見える建物は、イスラム教教祖モハメドの伯母を祭り建てられた「ハラ・スルタン・テケ」です。



ピエリーデス財団博物館
 ラルナカ考古学博物館ピエリーデス財団博物館には特徴のあるとても興味深い発掘品が収蔵展示されています。また、町から少し離れたところには、紀元前13世紀にミケーネ人によって建設された古代都市キティオンや18世紀の水道橋があります。現在は野外劇場として使われており、夜のイルミネーションがイベントを盛り上げます。ストア学派の学校の創立者であり、有名な弟子を育てたゼノの大理石胸像もあります。


聖ラザロスのチャーチ
 もしも、もう一度この世に生まれるならば、もっと賢明に生きていく、その証拠に、イエスによって死から甦った聖ラザロスは新たな人生の地としてラルナカを選び、最初の伝道師として尊い生涯をおくった、というキリスト教の伝説があります。聖ラザロスの遺体が発見されたという場所には、9世紀、聖ラザロス教会が建てられました。ここは、いまではラルナカのとても大切な象徴となっています。 理石胸像もあります。

スタヴロヴーニ修道院
 聖ヘレナによって建てられたスタヴロヴーニ(十字架の山)はキプロスで最も古くドラマティカルな修道院のひとつです。ラルナカからも近く、文字通りの断崖絶壁に建っており、360℃の展望は非常に美しいものです。スタヴロヴーニ修道院は伝統的な厳しい戒律を守っているので、女性は中に入れません。



ヒロキティア遺跡
 またラルナカの近くの見所をいくつか紹介しましょう。キティ村のパナイヤ・アンゲロクティスティ教会、ここには6世紀の、まるで生きているかのような、非常に良い状態が保たれている、ビザンティンモザイクの聖マリア像があります。レフカラ村では、レースのような刺繍『レフカラティカ』が必見です。レフカラから少し南に下がるとユネスコ世界遺産リストに登録されている遺跡『ヒロキティア』があります。新石器時代の村落住居遺跡として、これほど重要な発掘は世界中のどこにもありません。


ラルナカの歴史


 ラルナカ市はキプロス共和国の都市の中で一番古くから人々が居住しており、元来‘キティオン’もしくは‘キティウム’として知られています。初めてその地に足を踏み入れたのが‘ノア’の孫の‘キッティム’であるという伝説が残されています。居住者が離散していったその他の古代都市とは違い、6000年前の開拓当初から同じ場所に所在しています。歴史上、早期より文明の十字路であったラルナカには、多くの人々の到来がありました。その目的は様々であり、占領、商売、旅行、侵略等々。本国ギリシア人を始めとして、ペルシア人、エジプト人、ローマ人、ビザンチン、フランク、べネチア人、トルコ人、イギリス人が訪れ、現在では、年間300万人の旅行者がラルナカ国際空港、港湾からキプロスに入国します。

 キティオン都市王国は銅取引の主要な中心地及び豊かな港を有する2重の利益を有する都市として、紀元前13世紀にミケニア系ギリシア人によって建設されました。最近になって発掘されたその時代の遺跡は、キクロピアンウォールや、ミケニア礼拝所の建築物で見ることができます。壁に堅固に囲まれた港と港湾は最後の時期に作られました。 また、ラルナカは4世紀前半に、アテネで教えた経験をもつストア派の哲学者ゼノンの誕生地です。ラルナカ史においてビザンチン時代は非常に重要で、多くの貴重な遺跡を残しました。中でも9世紀に建設された聖ラザルスバシリカは有名です。

 オスマン帝国統治時代に、ラルナカはその地位を確立していき、キプロスの外交及び商業の中心地となりました。また1878年にイギリスが最初にキプロスの地を踏み、1960年までの統治を行ったのがラルナカでした。現在では、キプロスの都市の中でも近年急速な発展を遂げていることが顕著です。1973年にはラルナカの人口は2万2千人でしたが、1974年のトルコによるキプロスの侵略によりトルコ軍は武力によって、北側に居住する20万人のギリシア系キプロス人を追い出しました。それにより、ラルナカは4万人の避難民を受け入れ一夜にしてその人口は3倍に膨れ上がり現在では、6万5千人の人口を抱える都市となりました。



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